吃音でも羽仁進さんのように生きる


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やはりと言おうか吃音の治し方についての情報量はすごいものがあります。自らの吃音体験と吃音を治された経験から語られる言葉は力がありますね。「私も治るかも・・・」と希望が持てます。 その中でもやはりこの2記事がずば抜けてまとまっています。吃音をなんとかしたい方は必読です。

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吃音を隠すことなくありのままの話し方をされていますね。また、日本ではあまり馴染みのない吃音への理解を求める姿勢は共感を呼んでいます。それでは羽仁進さんの吃音人生を見ていきましょう。

羽仁進さんはどんな人なのか

映画に詳しい人であれば、羽仁進さんが映画史上どれだけ重要な人物かがわかるかと思いますが、そうでない人は、パッと顔が浮かんでこない方もいるのではないでしょうか。

羽仁進さんは、ドキュメンタリーの映画監督です。最初の作品が「教室の子供たち」という映画で、子供を未発達なものと捉えるのではなく、子供なりの知性だったり理論だったりがあるということを世の大人に知らしめるような内容でした。1か月ほど、学校に通学する子供を毎日撮影した作品は、のちにブルーリボン賞を受賞しました。

その後、「不良少年」という映画が1961年日本映画ベスト1になりました。この映画はプロの俳優ではなく、実際に非行経験のある少年を集めて撮影され、大きな反響を呼びました。

羽仁進の恋愛

女優の左幸子さんが元妻です。1959年に結婚しましたが、1977年に羽仁さんが左幸子さんの妹額村喜美子さんと浮気したことで、離婚となりました。その後、喜美子さんと再婚しています。娘が羽仁未央さんです。芸術家らしい、波乱万丈な恋愛経験を持っていますが、インタビューなどを見ると、とてもアグレッシブで感情的な人といった印象を受けるので、やはり恋愛も情熱的だったようです。

ドキュメンタリー作家として成功していながらも、様々なことに取り組んでおり、アートフィルムを撮ったりアフリカ取材で30年間動物を撮影したりもしています。映画監督という職を求めているのではなく、その時にやりたいことをやってきたというふうに語っています。恋愛についても好きな人に情熱を傾けたのでしょうか。

羽仁進のインタビューから「幸せとは?」

「大いなる死」という著書も持つ羽仁進さんですが、あるインタビューで幸せとは何かという質問に答えていた内容が印象的でした。彼は、自分が持っている大きな傾向を早く見つけだすことが重要という風に言っています。何が問題だとか、できない理由を挙げるのではなく、自分の素直な気持ちで進んで行くべきだ、と。

この言葉は現代の多くの大人の胸を打つのではないでしょうか。大人になって、家庭を持ち、収入も必要で、となってくると自分のやりたいことなど後回し、やりたいことが何なのかさえわからなくなります。しかし、それでは、本当に幸せとは言えないのかもしれません。

言葉にすれば簡単ですが、羽仁進さんはそれを人生をもって体現している人だと言えるでしょう。離婚については様々な意見もありますが、肩書きや世間体ではなく自分の気持ちに従って生きることを思い出せてくれる数少ない人物です。

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