ボブ・ラブさんはこうして吃音を治したらしい!


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やはりと言おうか吃音の治し方についての情報量はすごいものがあります。自らの吃音体験と吃音を治された経験から語られる言葉は力がありますね。「私も治るかも・・・」と希望が持てます。 その中でもやはりこの2記事がずば抜けてまとまっています。吃音をなんとかしたい方は必読です。

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NBAのスーパースターです。現役時に活躍したシカゴ・ブルズの背番号「10」はいまなお永久欠番となっています。そんな彼も吃音であったため、引退後7年間も定職に就けずにいたそう。言語療法士のもとで改善リハビリを行い吃音を克服したと言われています。それではボブラブの吃音人生を見ていきましょう。

当初は一プレイヤーに過ぎなかった?!

ボブ・ラブはNBAで活躍したプロバスケ選手です。ですがNBAに入った当初は大活躍の選手ではなく、多くいる選手の一人に過ぎなかったのです。

しかしシカゴ・ブルズに移籍したこととヘッドコーチのディック・モッタの指導を受けたことがきっかけで、徐々にその才能が開花し始めるのです。1969-70シーズンにおいて、21.0得点8.7リバウンドの好成績を残し、チームのエーススコアラーとして名を馳せることになります。

その後もラブは1970-71シーズンで好成績を記録し、オールスターに初めて選ばれたのです。

当初は評価が低かったラブでしたが、ディック・モッタというヘッドコーチと出会ったからこそ、NBAでトッププレイヤーとして名を馳せることができたというわけです。

引退直後に不幸一直線?!

ラブは引退後、故障した背中の容態が悪化して、医者から歩けなくなるかもしれないと診断されました。そのときに妻から離婚を申し渡され一人になってしまいます。

手術とリハビリのおかげで歩行困難になることはありませんでしたが、吃音症ゆえになかなか仕事が見つかりませんでした。仕事に就けなかった7年間の間に貯めた財産も底をついてしまいます。

そんな不幸の真っ只中にいたラブでしたが、チェーンデパートの「ノードストローム」に給仕したことがきっかけで人生が上向き始めます。

ノードストロームのオーナーが真面目なラブの働きぶりに感心し、吃音症のラブのために言語療法士を紹介しました。その言語療法士の治療のおかげで吃音症の克服に成功し、現在は全米屈指のスピーチをする人物として知られています。

ブルズで成し遂げた偉業!

ボブ・ラブはシカゴ・ブルズの歴史を大きく変えた選手です。ラブ加入後の1974-75シーズンで、シカゴ・ブルズは初の地区優勝を果たします。そして強豪チームとなったシカゴ・ブルズの黄金期を、攻守の両面からラブは支えたのです。

また現役時代、ラブは通算で12623得点挙げています。この記録は引退時点では歴代1位であり、2014年においては歴代3位の記録となっています。

ラブが着けていた10番は今では永久欠番となっています。ですが永久欠番が決まった当時、すでにアームストロング選手が10番を身につけていました。ですのでアームストロング選手は許可を取って、10番のままプレイすることにしたそうです。

ラブ選手がいなければ、シカゴ・ブルズも有名にはならず、多くの名選手も生まれなかったかもしれません。バスケ界に与えた影響は大きいと言えます。

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