サマーセット・モームさんの壮絶な吃音人生とは


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やはりと言おうか吃音の治し方についての情報量はすごいものがあります。自らの吃音体験と吃音を治された経験から語られる言葉は力がありますね。「私も治るかも・・・」と希望が持てます。 その中でもやはりこの2記事がずば抜けてまとまっています。吃音をなんとかしたい方は必読です。

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自伝小説である「人間の絆」で、足の障害をもつ主人公が描かれていますが、これは吃音を持つ自分自身を描いたとされています。実際に幼いころからの吃音をもっており、それがコンプレックスになっていたとのこと。

フランス生まれのイギリスの人気作家

フランスのパリで生まれ、8歳や10歳のときに母親と父親を立て続けに亡くし、それを機にイギリスの叔父の元へと引き取られました。

医師免許を取得できるほどの博識で、処女作の「ランペスのライザ」を書き上げます。ですが好評は得たものの、人気作家にまではなれず、次々と作品を書くものの芳しい評価は得られませんでした。

ですが「ドット夫人」や「スミス」などの戯曲は一定の評価を得ました。その後第一次世界大戦の折、水から志願して前線の病院に勤務、諜報機関で活動しながら、作家としての仕事にも精を出していました。

そして諜報活動休止後に書いた「月と六ペンス」という小説がアメリカでベストセラーになり、それまでに書いた作品も注目され、一躍人気作家の仲間入りを果たすことになったのです。

かなりの旅行好き!

サマーセット・モームは旅行好きで、世界中を巡っています。1905年には「聖母の国」という旅行記を出しているほどです。

アメリカやイタリア、スイス、マレーシア半島など様々な場所に出かけており、気に入ったところには長期滞在することもありました。

晩年になってもフットワークは軽く、長期滞在はあっても生涯一つところに留まることはありませんでした。

さらにモームが滞在したザ・オリエンタル・バンコクというホテルのスイートルームには、モームの名前をモチーフにしたものがあるほどです。他にもシンガポールMRTという場所にはサマセット駅という駅も存在します。

そうした各地での経験が、モームの描く作品にも如実に表れているのです。

モームはゲイだった!

モームは同性愛者としても非常に有名です。とはいえ生涯独身だったわけではなく、結婚して一人娘も設けています。

それもそのはずでモームは同性愛者であることは公言してはいませんでした。ではどうしてそのことが知られるようになったかというと、ある裁判が原因だと言われています。

モームが残した遺書には秘書へ遺産を贈る旨が書かれていました。それも莫大な金額です。なぜ秘書に残すのかと不満を感じた遺族が異議申し立ての裁判を行ったところ、実はその秘書がモームの恋人であることが明らかになったそうです。これを機にモームが書いた作品に、同性愛者であることを裏付ける描写があったとまことしやかに囁かれるようになったのです。

ですが一説であり、当人は同性愛者であることを認めたくなかったから結婚したと甥は話しているそうです。

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